日本近代最大の宗教家にして稀代の予言者・出口王仁三郎。その王仁三郎が自ら主演・監督を務めた唯一の映像作品、それが『昭和の七福神』です。
昭和初期、王仁三郎はいち早く映画という新しいメディアに着目し、昭和5年には京都・太秦に映画制作拠点を設立。昭和7年からは映画による布教活動を本格化させ、昭和10年には教団の記録映画だけでなく、本格的な神劇映画の制作へと乗り出しました。
しかし、『昭和の七福神』の撮影からわずか4か月後、第二次大本事件が勃発。教団施設は徹底的に破壊され、映画に映し出された神聖庭園・天恩郷も壊滅的な被害を受けます。作品そのものも長く散逸したものと考えられ、その存在は半ば伝説となっていました。
その後、長年にわたる探索の末、幻のフィルムを入手。1991年にVHSビデオとして初公開され、大きな反響を呼びました。その後DVD化され、現在では動画配信でもご覧いただけます。
本作最大の魅力は、王仁三郎自身の圧倒的な身体表現にあります。
七福神へと自在に変化し、笑い、踊り、泳ぎ、舞う。その一見ユーモラスな所作の背後には、神話的象徴、予言的暗示、そして王仁三郎独自の宗教思想が重層的に織り込まれています。
なぜ福禄寿は張子の頭を落とそうとするのか。
なぜ毘沙門天は石垣を鉾で突くのか。
なぜ裸の王仁三郎はヒルコを思わせる姿で泳ぎ、産湯の井戸から甦るのか。
これらの場面には、今日なお解き明かされていない数々の「密意」が秘められていると考えられています。
さらに、撮影当日に偶然現れた一羽の鶴と一匹の亀。その映像は作品冒頭に収められ、ラストシーンと響き合う構成となっています。この象徴的な演出もまた、多くの研究者や愛好家の関心を集め続けています。
本作品はもともと無声映画ですが、映像公開にあたり、王仁三郎の嫡孫・出口和明氏によるナレーションを新たに収録。八雲琴の演奏とクリス・ハインツによる音楽が、作品世界をより深く彩ります。
また、各場面には王仁三郎の神歌を字幕として配し、その節回しも忠実に復元。古代出雲に伝わるとされる言霊神歌の旋律を、音声として体験できる貴重な資料ともなっています。
『昭和の七福神』は、単なる宗教映画でも歴史映像でもありません。
昭和史、宗教史、神話学、身体表現、映像文化史が交差する、日本近代文化史上きわめて稀有な映像遺産です。
見るたびに新たな発見があり、研究者と愛好家のあいだでは現在もなお、新しい解釈や象徴の読み解きが続けられています。
出口王仁三郎が後世へ託したメッセージとは何だったのか。
その答えは、この映像の中にあります。